2000年に誕生した「寿郎社」は、社長である土肥寿郎さんが編集者も兼ねる札幌の小さな出版社。しかし、ここから世に出る骨太な社会派ノンフィクションやルポルタージュは、たびたび全国紙の新聞書評にも取り上げられるなど、「地方出版」という偏見やあいまいな定義に収まることのない、気骨溢れる出版社として注目されています。一方で、今や爆笑エッセーで人気の札幌在住作家北大路公子さんは、土肥さんがブログを読んで才能を見いだし、「枕もとに靴 ああ無情の泥酔日記」を上梓したのがデビュー作。「軟らかい本で儲けて、硬い本を世に出しつづける」がひとつの理想とか。
「本や雑誌が売れない」と、危機感を抱く出版業界にあって、札幌から16年間、硬派な本を出しつづけてきた寿郎社を訪ねました。

20160319-_MG_1970

-「本が売れない」と言われて久しく、特に若い人の読書量が減っているます。
土肥 本というのは立ち止まって考えるためのものです。今は「本や新聞を読んで考えたうえで、自分の意見を述べる」という過程が全部端折られているので、世の中の知の低下が急激に起こっている。また、出版社が金を儲けるためだけに本を出しているから、本がただただ消費されるものになってしまいました。出版社の役割というのは、日本の知力の底上げをすることにあるのに、逆に業界全部で知力を下げることに加担しているように見えます。

-出版社も悪い方向に変化してきた、と。
土肥 「売れさえすれば何でも良い」という出版社が多くなった。金儲け自体は別に悪いことじゃないです。しかしそれだけではだめ。昔は売れる企画で金を儲けて、その金で売れなくても出版する価値のある本を出すというのが、総合出版社の存在意義だったはず。ところが今は、儲けるだけ儲けて、あまったらもっと儲けるために使う。つまり拝金至上主義。一例を挙げると、嫌韓・嫌中本を出す小さな出版社がいろいろあります。実際、編集者に本気で批判意識があるわけじゃない。けれど売れるから出しちゃう。結果として韓国中国の悪口の本だけで、本屋さんの平台がひとつ埋まってしまう。それがここ何年かの本屋の状況です。しかし社会的な観点からすると、そんな本ばかり世の中に溢れたら、本をあまり読まない人にまで影響を与えてしまう。加えてインターネットの影響もありますが、「ヘイトスピーチは当然だ」みたいな空気が世の中でどんどん醸成されていく。これが良くないですね。

-寿郎社さんは硬派な人文係の本が多いのが特長ですね。
土肥 文芸は企画ではなく著者の名前で売れるもの。だからといって、寿郎社から村上春樹の本を出せるはずがない。じゃあ新人を育てられるかというと、大手出版社が文芸誌で新人賞を作って新人を発掘し、育てて、売れるようになったら単行本で食うという流れが出来ている。つまり、出版社の基礎体力がしっかりしていなければ、そう易々と文芸は出せない仕組みになっています。いずれにしても手間ひま掛けて、長期的な戦略をもってやらないとだめで、小さい地方の出版社にはできないし、やっちゃいけない。しかし、文芸以外の本は、著者名にかかわらず、中身、企画で売れる。だからやって行けるんです。

20160319-_MG_1871

-出した本が結果として売れなくても達成感や喜びを感じることはありますか?
土肥 あまり喜びにはなりません。売れなくても本を出す、たぶんそこにあるのは使命感です。反原発、TPP、集団的自衛権関連の本、近代史の本など「今これを出しておかないとまずいだろう」という意識が強い。後々地方や国民がひどい目にあったときに「あのときそう思っていたし、分かってたんだよ」と言っても遅いですから。
福島で原発があんなことになって、東北全体の被災者も合わせて未だに20万人が避難して難民化している。でも、当事者ではない一般の人は関心が薄いわけです。それは戦争中もそうだったと思うんです。広島、長崎に原爆が落とされても、離れたところに住むほとんどの人にとって実感がなかった。それが今、同じことが起きているんじゃないかと思うんです。政府が「原発はもう安全だ」「復興は進んだ」といえば、なんとなく「そうなのか」と思ってしまう。しかし私にはそうは思えない。危機的な状況に置かれているということを、今、言わなければならないというのが私の中に強くあります。戦争も、ある日突然始まったわけじゃない。ゆるく日常が進んで行くなかで、徐々に戦争に向かっていった。われわれが近代史を学ぶ意義はそこにあるはずなんです。過去の歴史から教訓として学んで行かなければ、同じ道を繰り返す。

-「昔の編集者は、この本が出たら歴史が変わるというほどの高い意識があった」と土肥さんは話されます。
土肥 新たな研究が出るということは、少なからず歴史を変えることです。だから本や雑誌は正しくなければいけない。それに責任を持つのが編集者の役割。しかし編集者には国家資格も何もないので、良心とかプライドとかプロ意識とか、そういうものにしか担保されない。先輩の仕事や出版社の姿勢を見て、編集者としての良心的な発想、企画力、構成力が培われるもの。その結果名著がたくさん生まれました。もちろん書き手が優れているのは当然です。でもそれだけでは歴史は形づくられない。きちっとした本にしてそれを読者に届けるために、出版社が黒子に徹して機能して初めて、読者も新しい歴史、新しい考え方に参画することができる。そういう読者を増やすことが、日本の知力を底上げすることにつながるはずです。出版社の社会的な役割はそこにこそある。売れることだけ、食うことだけが大事だったら、私は出版社ではなく別の商売をしています。

20160319-_MG_1811

-編集者として敗北感を味わう時もありますか。
土肥 ありますね。本が売れなければその都度、そんな気持ちになります。命削って、金もつぎ込んで、精一杯力を入れて作っても全く売れずに在庫の山を抱える。その繰り返しですから。敗北と言うか哀しみと言うか…。正直「何をやっているんだろう」と落ち込むこともあります。でもしょうがない。私が生きていることイコール、本を作ることですから。本を作っていなければ何の存在価値もない。だから敗北感はありますが、またそこから立ち上がらなければいけない。

-立ち上がるきっかけを与えてくれるものは何ですか?
土肥 寿郎社には、全国からたくさん原稿が送られてきます。その中にはきらりと光るものもある。これは誰も知らない書き手だし、面白いし、となるとどんどん本にするイメージが膨らんでくるんです。編集者なので、章立てや装丁のイメージなど、いろいろなことを考えながら読んでいるうちに、自分の頭の中ではもう本ができあがって、「これは絶対売れる」とついつい思ってしまうんです(笑)。それで生き返る。でも、売れなくてまた地獄に落とされる。借金も増える。その繰り返しが寿郎社16年の歴史です。

-最後に、最近出版された本をご紹介下さい。
土肥 計良光範著『ごまめの歯ぎしり』(四六判上製464頁、定価:本体2600円+税、2016年3月刊)です。妻のアイヌ刺繍作家・計良智子さんと〈ヤイユーカラの森〉という市民団体を率いてアイヌ文化の実践に20年以上北海道で取り組んできた著者(2015年3月没)の遺稿集です。北海道にもある〈部落差別〉、小説や映画における〈アイヌ差別〉、〈アイヌ文化法〉に対する批判など、ときどきの政権・権威に対する歯に衣着せぬ批評20年分を収録しています。怒りを忘れ従順に生きることを良しとしている世の人々に今こそ読んでほしい本ですね。世の中に対して、もっと怒らなければダメでしょという気持ちになる、良い批評集だと思いますよ。

20160319-_MG_1925

土肥寿郎(どい じゅろう)さん
1964年4月、札幌市白石区生まれ。札幌東高校卒業後上京。いろいろなアルバイトをしながら日本ジャーナリスト専門学校に通う。小さな編集プロダクションでのアルバイトを経て、東京の晩聲社(ばんせいしゃ)に10年間勤務。1998年に実家の事情で仕事をやめ帰郷。2年ほど広告制作会社につとめた後、2000年4月(36歳の時)に札幌にて寿郎社を興す。広告制作会社時代に、札幌在住の建築家・米木英雄氏と出会ったことから、2001年に寿郎社の出版第一号となる『在宅介護時代の家づくり・部屋づくり』を出版。現在までの16年間に人文系の書籍を中心に100冊ほど出版する。

有限会社 寿郎社

所在地 札幌市北区北7条西2丁目37山京ビル1F
TEL 011-708-8565
URL http://www.jurousha.com

※各種情報は記事掲載当時のものです。現在は変更となっている場合がございます、予めご了承ください。

札幌市北区北7条西2丁目37山京ビル1F

地図の詳細をみる

「この街で暮らしたい」を、叶えます。 RCスタイル札幌 オフィシャルサイトへ

「この街で暮らしたい」を、叶えます。 RCスタイル札幌 オフィシャルサイトへ