秋に収穫したじゃがいもを、酸素と二酸化炭素の量を調整した低温室で3ヶ月~半年寝かせると甘みを増す効果があります。その性質を利用したのがホクレンの開発商品「よくねたいも」。ネーミング考案者は、コピーライターの池端宏介さん(株式会社インプロバイド)。
「当初この商品のキャッチコピーをという依頼で制作したのですが、クライアントに大変気に入っていただき、そのまま商品名に使用することになって発売されました」
「よくねたいも」の広告は、コピー業界の賞を数々受賞。商品自体も販売好調で、道内だけではなく全国的にも認知されるものになりました。
東京でコピーライターに。そして札幌へ
「思えば小さな頃から“言葉”に興味があった」と言う池端さん。谷川俊太郎の「ことばあそびうた」という絵本は幼い頃の大のお気に入りだったとか。中・高生時代は、文章を書くことが好きで、卒業文集や修学旅行のしおりなどの企画・編集役を進んで買って出たといいます。 上智大学在学中、月刊広告批評主催の広告講座を聴講するうちに広告業界に魅力を感じ、広告に関連する職種を目標とするようになりました。そして高い競争倍率を突破して日本デザインセンターに就職します。
「トヨタ自動車のカタログや無印良品の販促物の企画・制作など、グローバル企業、大企業の仕事に携わり、そこでコピーライターとしてのキャリアを積むことができました」
そして4年後の2004年、小学生までを過ごした生まれ故郷北海道の空気の良さや恵まれた食、通勤時間の有利さを再認識し、札幌の生活への憧れが強くなり移住を決意します。
「よくねたいも」がターニングポイントに
札幌で入社したデザイン制作会社では、市内の大手洋菓子店のパッケージデザインや販促、情報誌の取材・編集など、地域に密着した仕事に携わるようになります。そんななかで制作したのが、冒頭に記した「よくねたいも」でした。
「今思うと、“よくねたいも”は自分にとってのターニングポイントだった」と池端さんは振り返ります。「成功体験というだけではなく、商品の持つポテンシャルに、コピーとデザインの力を加えることで、大きな“発信力”を生みだすということを実体験した仕事でした」
東京では感じることのできなかった確かな手応えが、池端さんを別なフィールドにも向かわせるひとつのきっかけになりました。
コピーライターという領域を越えて
現在、名刺には“コピーライター”と並列して“食のデザインディレクター”とあります。「今までの肩書きだけでは窮屈になった」と本人が言うように、コピーライターというくくりに収まりきらない役割を担う仕事が増えました。地方特産品のブランド化や6次産業の商品開発をコンサルティング、デザイン的なコーディネートする仕事で充実した成果をあげています。
「ある講演会の場で、道東の小清水町にある農家の方と知り合い、農作業の合間や農閑期に出荷する“山わさび”のラベルデザインを依頼されました。そのご縁からオホーツク地域振興機構の責任者を紹介していただき、オホーツク地方における地場産小麦の普及拡大を目指したプロジェクト企画に関わりました」
これは、生産者から加工業者、そして生活者までに一気通貫して働きかけ、オホーツク小麦の価値を高めようという取組です。
池端さんは、“食べることは費やすことではない。つくることです”というキャッチコピーや、“オホーツクる!小麦マルシェ”というキャッチコピーと一体化したコミュニケーションロゴなどを提案し、プロジェクトの発信力を高めました。
等身大の言葉で、より多くの人に伝える
「6次産業化による商品開発やそれに伴うリデザインは、今は一種の“ブーム”」と前置きした上で「しかし失敗に終わる例も多い」と池端さんは指摘します。その原因として、発注者がデザインだけに頼りすぎる傾向があることと、その商品の運用・展開までを考えていないという2点をあげます。
「いくらキレイな洋服を着せても、商品そのものが良くなければダメ。だから僕が依頼を受けた場合、その場で商品そのものの欠点を指摘したり、改善提案をすることもあります。また、販路の設計ももちろん重要で、直売所に置いておくだけでは広がりも限られます。総合的な売り場の作り方、発信のしかたにも注力する必要があります。逆に良い商品だとしても、スウェットにTシャツ、足元はサンダルじゃあお店に立てません。ふさわしい衣装を着せて磨く必要があります」
その“磨き”こそがコピーやデザインといったクリエイティブの役割。特に言葉の持つ役割は重要と言う池端さん。その言葉は、クライアント直接会ってコミュニケーションをとる中から見つけだします。
「地域や造り手の中から“らしさ”を見つけて、何が美味しいのか、何が違うのかを、等身大の平易な言葉で表現するように心がけています」
TEXT / 堀田正紀
PHOTO / 田村茂雄